• 自分が他人だったら 2025.01.11

    自分に対して文句を言いたくなったり、できない言い訳を並べたりしてしまうことがあるんだけど、もし自分が他人で、その人に、普段自分の脳内で繰り広げられてる内容を相談されたとしたら、

    何甘ったれたこと言ってんの?逆にこっちを馬鹿にしとんのか!?どついたろかオラァ!

    って思うなぁと36になる歳にしてやっと気づく。(わたしは巳年です)

    もし今後、人から嘲笑われたり、非難されたり、距離をとられたとしても、起こりうることは想像の範囲でたかが知れている。

    大好きな人たちのしあわせを願う気持ちと同じくらい、自分のことも全力で応援してあげたい。


  • はじめてきかれたこと 2025.01.10

    数日前に初対面の方と思いがけず絵画の話をした。

    その方は相当な量の絵画や音楽や文化に触れ、とても楽しんでいるようだった。知識をひけらかすようなものではなく、それに触れることが嬉しくて仕方ないというような表情で、話をきいているこちらまでうれしくなった。

    そしてそのときに、”今までの人生で影響を受けたり衝撃を受けた絵はあった?”ときかれたのです。

    今後ふとした瞬間に思い出すことがあるかもしれないけど、即答できなかった。

    もちろん、この人の作品すてきだな、とか、狂ってるな(いい意味で。賞賛と同義に近い気持ちで。)、と思うことは何度もあるけど、そういう絵画が思い当たらない自分になんだかじわじわと驚いている。

    数日考えたのち、絵画ではないけれど、わたしにとっては倉俣史朗さんのプロダクトたちがそれにあたるのだろうなと、すっきりして、そしてほっとした。

    とはいえそうである理由を言語化する努力さえしてこなかったことにも今さら気づいたわけですが、自分にとっての最高のときめきとうるおいは間違いなく倉俣史朗さんのデザイン。

    願わくば、死ぬ時はLaputaでと思っている。


  • 待つ時間 2025.01.09

    日が出ているときに絵を描けばいいんですけど、わたしは夜に描きはじめてしまうことが多い。

    家中の色々な電気の下を歩き回り(といってもそんなに数はない。リビング、キッチン、玄関、洗面台くらい。笑)、これ以上はわからないな!と区切りがついたら寝て、翌朝の太陽光を待つ。

    そんなときは少し緊張しつつもわくわくしながら勢いよく起きる。

    思っていたよりも良いときもあるし、あれ?ということももちろんある。そのときは寝起きなのにアドレナリン出てきて描き足し作業をしたりする。

    明日の朝はどうだろうか。


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