すこしばかり喉が回復し、会話が難なくできるようになってくるとすぐ欲がでてきてしまう。
(声と引き換えに喘息気味)
歌いたいなぁ。
わたしは自分が思っている以上に日々歌をうたっているし踊っている。
(家に一人のとき限定だけど、きっと近所迷惑)
ほんとうは会話ができることも、歌が歌えることも、踊れることもとてもしあわせなことなのだ。
さらには絵も描けるし、つくりたいものをつくれる器用な手もある。
何かひとつでも欠けたならば、これさえ手に入れれば…ときっと思うだろう。
すこしばかり喉が回復し、会話が難なくできるようになってくるとすぐ欲がでてきてしまう。
(声と引き換えに喘息気味)
歌いたいなぁ。
わたしは自分が思っている以上に日々歌をうたっているし踊っている。
(家に一人のとき限定だけど、きっと近所迷惑)
ほんとうは会話ができることも、歌が歌えることも、踊れることもとてもしあわせなことなのだ。
さらには絵も描けるし、つくりたいものをつくれる器用な手もある。
何かひとつでも欠けたならば、これさえ手に入れれば…ときっと思うだろう。
起きた時、夢の延長線上で、今自分がどこにいるのかわからなくなるときがあるのだけれど、最近は起きていてもそうおもうときがある。
小学生に好きなゲームは何かと問われ、“どうぶつの森は昔好きでやってたよ”と答えたのだけど、それと同時にどうぶつの森をやらなくなった理由を思い出した。
ゲームのなかでもせっせとフルーツをあつめ、換金して家を大きくしたり家具を買ったり、洋服を買ったり、オリジナルのラグ?だったかなにかをデザインして部屋を可愛くして…って、
自分の生活があるのにどうぶつの森のなかの自分の生活もあって、二重生活けっこう大変なんですけど!!!
という理由でやめました。
わたしはまじめなのです。笑
というわけで、自分の人生も客観的にみてみています。
この肉体がこの地球でのわたしなのだ。

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