万里江と薔薇 2024.12.28

今年の半ばまでは薔薇が自分のもとへ来て数日でくったりしまう子がいると、カットの仕方がよくなかったのかな、ちゃんとお世話できてなかったかなと無駄に反省をすることが多かった。

それでも少しずつ、薔薇さんも薔薇さんによるのだと受け入れられた。

切花にしてる時点で命をいただいてる…みたいな思考も、地植えされていたとて永遠にその造形をとどめているわけではないと思うと、そんなこと関係なくうちに来てくれたことに感謝してただただ日々愛でたいと思えるようになった。

わたしという人間は”成長”というワードとは程遠く、いつもいつもギリギリを生きている。

あくまで当社比ではあるけれど、しんどくて、自分は今まで何をしてたんだろう。もう帰りたいな。って思うことも多いけど、愛おしい世界もまた、まぎれもなくわたしの世界なので誰か他の人になりたいわけじゃない。

少し話が戻るけど、”永遠にその造形をとどめているわけではない”について。

できることなら、蕾のとき、まだ花びらがきゅっとしているとき、少し緩んだとき、満開のとき、しっとり柔らかくなり枯れていくとき、色んなタイミングのその造形も色も香りも保存したいとおもう。

ローズちゃんは大きくなったりすることはないけど、物質として永久にそのままでいられるわけではないし、自分の命についてもわからない。

日常を大切にしよう。

いろんな思考をかけめぐり、またそこに戻る。

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